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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)7557号 判決

原告 柴橋商事株式会社

代表者代表取締役 柴橋秀彦

訴訟代理人弁護士 浜田行正

被告 株式会社そごう

代表者代表取締役 中島福三郎

訴訟代理人弁護士 高澤嘉昭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告会社

被告は原告に対し、金二億円と、これに対する昭和五二年九月一日から昭和五三年四月三〇日までは年一割五分の割合、同年五月一日から支払いずみまでは年三割の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

二  被告会社

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  本件請求の原因事実

(一)  原告会社は、昭和五二年四月三〇日、訴外宝開発株式会社(以下訴外会社という)に対し、金二億円を、弁済期日昭和五三年四月三〇日、利息月三・五パーセントの条件で貸与する約束をし、昭和五二年四月三〇日、同年五月三〇日の両日に、それぞれ金一億円あてを交付した。

(二)  訴外小野円城は、被告会社のために、昭和五二年四月三〇日、原告会社に対し、訴外会社の原告会社に対する右債務の保証をし、訴外会社が右債務の支払不能が明らかになったときには、そのときから二週間以内に保証債務を履行することを約束した(甲第三号証)。

(三)  小野円城は、被告会社から右保証をする権限を与えられていた。

(四)  小野円城は、当時被告会社大阪店の特需部長であり、被告会社から訴外会社、及び大和ランド株式会社との業務提携に関する事項の全てについて委任されていた。したがって、小野円城は商法四三条の使用人に当るから、本件保証はその権限内の行為として有効である。

仮に、小野円城に本件保証の権限がなかったとしても、原告会社はそのことを知らなかったから、同法四三条二項により、その制限につき原告会社に対抗できない。

(五)  被告会社は、小野円城に特需部長という呼称を与えていたわけであるから、これは本件保証の代理権を与えたことの表示になる。また、被告会社は、小野円城に不動産の販売について代理権を与えていた。原告会社は、小野円城に本件保証の代理権があると信じ、そう信ずるについて過失がなかった。したがって、被告会社は民法一〇九条、一一〇条によって本件保証について責任がある。

(六)  小野円城は、被告会社の従業員として本件保証をする権限がないのに、その権限があるかのように装って本件保証をした。原告会社の代表者は、その言を信じて訴外会社に金二億円の融資をした。そうすると、被告会社は、民法七一五条によって原告会社に対し、原告会社の損害である金二億円を賠償しなければならない。

(七)  訴外会社は、昭和五二年九月、会社整理の申立てをした。

(八)  結論

原告会社は、第一次的に保証債務の履行として、第二次的に損害賠償債務の履行として、被告会社に対し、金二億円と、これに対する昭和五二年九月一日から昭和五三年四月三〇日までは年一割五分の割合による利息、同年五月一日から支払いずみまでは年三割の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告会社の答弁と主張

(認否)

(一) (一)の事実は不知。

(二) (二)の事実は認める。

(三) (三)の事実は否認。

(四) (四)、(五)、(六)の各事実のうち、小野円城が本件保証当時被告会社大阪店特需部長であったことは認め、その余の事実は否認する。

(五) (七)の事実は認める。

(主張)

(一) 小野円城(昭和五二年一〇月三〇日懲戒解雇)は、不動産売買業務の担当部長にすぎず、被告会社を代表又は代理する権限はなかった。まして、本件保証をする権限は全くなかった。

(二) 本件保証証書(甲第三号証)には、次の不完全な箇所がある。

(1) 保証書であるのに、主債務者が明記されていない。

(2) 「本日借受ける金二億円」と記載されているが、保証書の発行日である昭和五二年四月三〇日が、「本日」に当ることになる。しかし、甲第四号証の一の確認書では、同年五月一日金一億円、同月三一日金一億円を貸し付けたことになっており、乙第二号証の通告状では、同年四月三〇日金一億円、同年五月三一日金一億円を貸し付けたことになっており、不明確である。

(3) 金額の下に「金利最高三・五%」と記載されているが、年利、月利の区別が明らかではない。

(4) 被告会社大阪店が保証するのであれば、店長が署名押印するのが常識である。しかし、被告会社大阪店長の署名押印はもとより、被告会社の社印も押捺されていない。

(5) 「小野円城」の記名の前に「部長」と手書きされ、記名のあとに「小野」と刻んだ三文判が押捺されている。

このような保証書によって、被告会社が、対外的に金二億円もの保証をしたとするのは、記載自体から一見して不完全であることが明白であり、金融業者である原告会社には、本件保証書が被告会社の権限のある者が作成したものでないことが判ったといわざるをえない。

(三) 被告会社は、本件のような債務保証をするには、取締役会の決議を要することにしている。したがって、被告会社大阪店の店長にさえ債務保証の権限はない。

(四) 小野円城は、本件保証をしたことを、被告会社の幹部に報告しないばかりか、かくし通し、訴外山田高夫(有名な整理屋)が、昭和五二年一〇月一二日ころ、被告会社大阪店に、本件保証書のコピーを届け出たため、はじめて被告会社の幹部が知ったのである。

(五) 原告会社は、甲第四号証の一の確認証を差し出しているが、それは、被告会社あてではなく、小野円城あてである。原告会社が確認する必要があるのなら、被告会社あてに出すべきであり、そうしたなら、本件保証が無権限の小野円城によってされたことが直ちに明らかになったのである。

甲第五号証の一の証、同号証の二の残高証明書、同号証の三の残高証明書は、いずれも小野円城あてであり、それをもっともらしく受取りの署名をしたのは、大阪店特需部係長訴外渡部良太郎(昭和五二年九月退社)である。

このように、原告会社が被告会社あてに確認証などの書面を提出しなかったのは、原告会社の代表者が、被告会社が本件保証に関知していないことを承知していたからである。なお、被告会社の幹部が甲第五号証の一ないし三の各コピーをみたり又は手にしたのは、同年一〇月二四日、原告会社の代表者が被告会社大阪店に乗り込んできたときである。

《以下事実省略》

理由

一  原告会社は、被告会社大阪店特需部長小野円城と本件保証契約を締結し、本件保証書を作成したことは、当事者間に争いがない。

二  しかし、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、小野円城に本件保証をする権限のあったことが認められる証拠はどこにもない。

原告会社は、本件保証契約を証明するため甲第三号証の支払保証書を提出している。しかし、証人小野円城の証言によって成立が認められる甲第三号証によると、同書の文面中には、「被告会社大阪店として保証をする」という文言がありながら、被告会社大阪店の店長の署名捺印や社印が押捺されていないのである。もっとも、文面中には、「特需部が同大阪店の代行として本件保証書を差し入れる」という文言があるが、特需部長が代行するという趣旨が不明確である。しかも、同号証によると、押捺されている印は、ただ「小野」とだけ刻まれ、被告会社の名も役職名も入っていない小判形の小さい印にすぎないことが認められる。そうして、《証拠省略》によると、原告会社は、甲第三号証の支払保証書のほかに小野円城が保証する権限を有する旨の被告会社又は被告会社大阪店長の委任状も受け取っていないことが認められるのである。

原告会社は、甲第四号証の一の確認証や、同第五号証の一ないし三の書面によって、被告会社が本件保証の事実を確認したとしているが、これらの書面はすべて「特需部長小野円城」あてである(このことは当事者間に争いがない)。原告会社が真実確認するのであれば、被告会社あるいは被告会社大阪店長あてにしなければ無意味である。

原告会社代表者が、どうして小野円城名義の保証書や確認で十分であると考えたのか、当裁判所は全く理解できない。この点に関する原告会社代表者の本人尋問での供述によっても、この疑問は氷解されない。

したがって、被告会社が、小野円城に対し本件保証をすることを委任したとすることは到底できないし、甲第四号証の一、同第五号証の一ないし三の各書面も、これを裏付けるものとなりえない。

三  特需部長の権限について

(一)  《証拠省略》を総合すると次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(1)  被告会社大阪店では、昭和四七年二月、外商統轄課を廃止し、新たに外商統轄部を設け、その所管下に特需課をおいた。

この特需課は、昭和四八年二月、特需部に昇格した。

(2)  同大阪店の昭和五二年三月当時の組織は次のとおりである。

店長(檜垣常務)―店次長(外販担当・安田)―特需部長(小野)―第一課長(佐々木)・第二課長(隅野)

第一課は、土地、家屋を一担当業務にしていた。

(3)  被告会社の職制規定一六条には、「店長は担当店の総括責任者であり、店次長を統轄し、担当店の業務を執行する。店次長は店長の指揮下にあって部長を指導統轄し、店長より指示若しくは委任された業務を行なう。店長事故あるときは、所轄業務につき、店長を代行する。部長は店次長の指揮下にあって課長を指導し、店次長より指示若しくは委任された業務を行なう。」と定められていた。

(4)  被告会社では、保証について、その事務を本社財務部財務課が扱い、すべて取締役会に付議してその決議をえたうえ、被告会社代表取締役が執行する定めであり、店長や部長に保証の権限を与えてはいなかった。

小野円城は、このことを熟知していた。

なお、被告会社は、資本金三六億円の一流百貨店である。

(5)  特需部長小野円城は、本件保証をするについて、上司と相談したことがなかったし、被告会社の取締役会で、本件保証をすることを認める決議がされたことはなかった。

(6)  被告会社大阪店の特需部は不動産の売買を扱うものと定められていたが、その方法として売上仕入の方法(総委託販売)をとり、買取仕入の方法はとらないことにしていた。これは、不動産、生鮮食料品、貴金属など特殊な商品を百貨店が扱う場合にとられる方法で先に商品を売ってその代金を受領した場合に限り、その商品を同時に仕入、買入して仕入代金を支払い、その手数料(利益)をうる方法である。この方法をとっている限り、百貨店の方は、「商品残高、商品不足及び値下損失を零として……運用する」ことができるのである(昭和四九年五月二八日付大阪店長の「原材料、アド商品等本来の百貨店商品以外の取引に関する仕入、売上の計上並びに取引先の管理について」と題する通達参照)。

したがって、特需部が不動産を扱うについて売上仕入の方法をとっている限り安全であり、小野円城が特需部長の業務として、本件保証を敢てする必要はなかった。

(二)  まとめ

特需部長小野円城には、本件保証をするについて、被告会社を代理する権限がなかったことは明らかであり、小野円城は、その権限のないことを知りながら、敢て本件保証をしたことに帰着する。

四  商法四三条の主張について

同条一項は、「営業ニ関スル或種類又ハ特定ノ事項ノ委任ヲ受ケタル使用人ハ其ノ事項ニ関シ一切ノ裁判外ノ行為ヲ為ス権限ヲ有ス」と規定している。

ところで、被告会社大阪店特需部長は、店長、店次長の統轄の下に、売上仕入方法によって不動産の売買をする業務を担当していたのであるから、同部長の権限は、この範囲にとどまり、本件保証をすることは、同部長に委任された事項を超えることは、いうまでもない。したがって、小野円城が特需部長の地位でした本件保証が、商法四三条によって、その権限内の行為として有効になる理はない。

五  民法一〇九条、一一〇条の主張について

《証拠省略》によると、金融業を営む原告会社の代表者訴外柴橋秀彦は、小野円城と保証契約をするに当り、本件保証書で十分であると考え、被告会社又は被告会社大阪店の店長や店次長に保証意思の確認をするとか、特需部長の権限の有無、範囲を確認するとかをしなかったことが認められ、この認定に反する証拠はない。

原告会社は金融業者であり金二億円もの巨額な金を訴外会社に融通しようとするのである。この貸金の担保として本件保証契約をしたのであるが、その交渉の相手方となった者は不動産の売買の業務を担当するにすぎない特需部長であって、財務部とか経理部とかの財務や信用供与に関する名称のある部の部長ではないのである。しかも、二億円もの額の保証は百貨店が日常業務として行うものでないことは明らかである。

このようにみてくると、柴橋秀彦は、そのような保証をする権限は被告会社の各部の部長ではなく代表取締役や財務担当の取締役の権限とされている可能性が大きいことが容易に推測できる筈である。そのうえ、本件保証契約書には大阪店長の署名押印は勿論、被告会社の社印さえ押されておらず、ただ「小野」とだけ刻まれた小判形の小さい印が押されていたにすぎないのである。このような印は個人の資格で行動する場合に用いられることが多く、他方、被告会社のような大きい組織では、社長印、店長印とか社印の保管と使用は厳しく規制されているのが通常である。

《証拠省略》によると、柴橋秀彦は、被告会社の意思確認のため、被告会社大阪店を訪れ、特需部長にだけ会って安心し、その上司に面談して確認をしていないことが認められ、この認定に反する証拠はない。

以上のことは、金融業者である原告会社が、本件保証の意思確認をするについて、重大な過失があったとしなければならない。原告会社の代表者が、被告会社大阪店を訪れた際、大阪店長か店次長に会って事情を説明し、本件保証の意思確認をすることは、まことにたやすいことであり、原告会社にとっては、極めて重要かつ必要なことであったといわなければならない。そして、原告会社の代表者がそうしていたなら、被告会社が本件保証をする意思のなかったことが直ちに判明したと推認される。

このように、原告会社には、小野円城に本件保証をするについて代理権があると信じたことについて重大な過失がある以上、民法一〇九条、一一〇条を本件に適用する余地はない。

六  民法七一五条の主張について

原告会社の代表者が、小野円城が被告会社を代表して本件保証をする権限のないことを重大な過失によって知らないで本件保証契約を締結したことは、前に説示したとおりであるから、このような場合、被告会社は、民法七一五条による責任を負わないことは、被告会社が引用する判例(最判昭和四二年一一月二日民集二一巻九号二二七八頁)によって明らかである。

七  むすび

被告会社には、本件保証による責任がないことに帰着するから、原告会社の本件請求は失当として棄却するほかはない。そこで、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古崎慶長 裁判官 井関正裕 小佐田潔)

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